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2009-01-31

■伊是名のジーファー「伊是名朝親(謙志)と舞踊研究所」

わずかな記録と記憶をもとに伊是名の歩んできた長い道のりを探る「伊是名のジーファー」2回目。

1949年 奄美
伊是名朝親(謙志)とその時代


伊是名の祖である伊是名朝献(三熊)氏が、海を渡り、奄美に拠点をおいて、組踊・沖縄芝居・琉球舞踊を奄美全島に広めたのはなぜ?・・・という理由に迫りたい。

伊是名のパンフレットによると、
「2代目朝親(謙志)が昭和24年に名瀬にて舞踊研究所を設立」とある。

その時代の奄美は

昭和24年(1949)、アメリカ統治下4年目、北緯30度トカラ列島以南は全てアメリカ。
食料不足など深刻な時代であったが、奄美に劇団ができて那覇で巡業公演を行ったり、それなりの娯楽交流があったようだ。
奄美にとって琉球の古典舞踊や沖縄芝居はとてもインパクトがあったのかもしれない。
逆に沖縄の芸能・文化人は似たような文化圏である奄美をどのようにとらえていたのだろうか?
このあたりを考えることは、朝献(三熊)と朝親(謙志)が奄美で琉球舞踊を広めた理由やきっかけにせまるうえで重要である。

昭和24年、
1月、アメリカ国民からびっくりするようなプレゼントが島のこどもたちにあった。
当時の奄美の人口23万(沖縄の約半分の人口)。
それに対して教科書10万3678冊、ソフトボール1万5千個、バット1000本、ハーモニカ150個の贈りもの。
4月に食糧価格の3倍値上げ発表。貧しい奄美ではこれが大問題となった(結果的に祖国復帰運動につながる)。
6月に日本国歌と日の丸の禁止。この頃婦人運動活発化。
10月に映画が定期普及(これにより劇団は解散に追いやられる)。
沖縄で奄美・宮古・八重山からの渡航者の窃盗、詐欺、闇の女などが社会問題化(大量検挙頻発)、名瀬に楽団結成。
(以上、前出「全記録」(間弘志著)より適当に変えて羅列)

アメリカによる統治開始の後、基地の関係産業で景気に沸く沖縄、対照的にあまり景気が良さそうではない奄美。
そのような状況にもかかわらず、伊是名朝親(謙志)、昭和24年、奄美に琉球舞踊の活動の根をおろすのである。

本や資料だけからではわからない、何か熱い希望を感じさせる何かを奄美に期待した、純粋に舞踊家の目で新天地奄美を見て回った、そんな気がする。

ちょうど60年後の今年、その現代の伊是名が東欧まで行くことになろうとは・・・
伊是名の祖、朝親(謙志)は天国で楽しそうに踊っているはずである。


投稿:伊是名のジーファー 2009/01/31
再掲:伊是名のジーファー 2011/05/10
(内容を整理して再掲しました)
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theme : 歴史大好き!
genre : 学問・文化・芸術

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TOSHIJI

Author:TOSHIJI
こんにちは
伊是名の会スタッフ、文化広報担当(自称)。踊れない、歌えない、飲み会を断れない…が特技。伊是名のステージの見えないところに光をあてる…つもりで取り組んでいます。

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