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2009-03-14

■伊是名のジーファー「島袋光裕氏の回想」

わずかな記録と記憶をもとに伊是名の歩んできた長い道のりを探る「伊是名のジーファー」5回目です。

「石扇回想録 沖縄芸能物語」は島袋光裕氏が1974年7月から12月にかけて沖縄タイムス紙に連載した内容を1982年に一冊の本として出版したものである。

Point:

>光裕氏が役者としてスタートしたのが1920年(27歳)、玉城盛重翁から本格的に古典舞踊の手ほどきを受け始めるのが1930年(37歳)頃とある。戦後、焦土となった各地で伝統芸能の巡回公演を展開したのが1946年(53歳)、伝統芸能の継承、指導・普及をめざして舞踊研究所を設立したのが1952年(59歳)、そして本書のもとになる新聞紙上掲載が1974年(81歳)である(ちなみに沖縄芸能協会会長就任と沖縄県文化功労賞受賞が前年の1973年)。

>登場人物が多彩、役者時代の浮き沈み、とくに火事で演劇拠点を失い地方巡業に廻ったときの苦難と悲哀、玉城盛重翁に教えを受け伝統舞踊の型の違いとその研究に専念していく芸に対する姿勢、そして沖縄戦で家族のほとんどを失いながら戦後の焦土の中で伝統芸能を再生していく奮戦を述べてあり、印象的な内容になっている。

>琉球処分から戦後の長い沖縄芸能の歴史と多彩な登場人物にも関わらず、御冠船の舞の踊り手である伊是名朝睦(1853-1920)、伊是名の祖である伊是名朝献(1887-1968)は残念ながら出てこない。

>御冠船時代の師匠たちから学んだ玉城盛重や渡嘉敷守良らが頻繁に登場し、那覇の商業演劇に妥協せず伝統的な首里芸能に固執した金城良仁がわずかに登場し、那覇や首里以外の地方巡業については苦労・悲哀の連続、沖縄県外(東京や関西など)では比較的成功した公演として回想され、そして戦後、なぜ多くの「舞踊研究所」が設立されていったのかその背景や理由が述べられている。

>矢野輝雄氏の著作でも、また光裕氏の本書でも触れているように、首里芸能の流れの存在が示唆されること、そして那覇を舞台としたそれ以外の沖縄芸能の流れ(地方公演など)が網羅されていない。

まだまだ調べることが、たくさんありそうだ。


投稿:伊是名のジーファー 2009/03/14
再掲:伊是名のジーファー 2011/05/10
(内容を整理して再掲しました)
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Author:TOSHIJI
こんにちは
伊是名の会スタッフ、文化広報担当(自称)。踊れない、歌えない、飲み会を断れない…が特技。伊是名のステージの見えないところに光をあてる…つもりで取り組んでいます。

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