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2011-05-31

東支那海1866年…宴の舞★6

注:一部フィクションです。

★6
重野安繹(やすつぐ)…この男は薩摩藩きっての儒学第一人者と称される。行く先々で村人たちに四書五経を説いて回るが理解できる村人たちはほとんどいなかった。


安繹は吉鶴の旅宿の湯船で汗を流した後、中庭に開いた部屋で大の字になると目を閉じ名瀬の潮騒に瞑想しようとした…が、赦免の知らせを聞きつけた村人たちが次から次に邪魔、いや、お祝いに来る。まず間切横目が島海老ひとかご、隣りの龍郷村から奉行所役人が黒糖焼酎1ダース、同じ龍郷から西郷隆盛の島妻愛加那が鶏飯12パック、近隣の村人たちからエラブチ、島蛸、夜光貝、うぁん骨(豚肉煮物)、油ソーメンが運ばれ、それを吉鶴が配膳を仕切る。しばらくして三線(蛇皮線)を持った唄者が登場。
安繹、奄美最後の宴に
「朝花」続いて、
「長雲」最後は、
「ヨイスラ節」
で終わらないのが奄美である。奄美島唄の真骨頂、男女の恋の駆け引き「歌懸け」が始まる。


「しばりばしちっこ」
安繹は土地の言葉をかけて、ひとり夜の浜辺に出た。安繹に島唄の言葉はわからないが、歌懸けの気持ちは伝わったのか月の光を頼りに砂浜に「宇美加那」と刻んでみた。波に消えてはまた刻む。さざ波に月の明かりが揺れて、影が少し傾いた。吉鶴の旅宿はそろそろお開きの「六調」で終わる頃だ。安繹は皆に深々と御礼を口上し、そして黒糖焼酎を一気に飲みほした。

村人たちが皆去った後、安繹は筆と紙綴りを取り出し、静かに手紙をしたためた。ひとつは宇美へ、そしてもうひとつは安繹より一足先に、遠島の地、沖永良部島から帰鹿した西郷隆盛に直接渡す書簡だ。そこには何が書かれたかは、わからない。激動の時代だ。島の、薩摩の、日本のこれからのことをしたためた…としておこう。


やがて潮騒だけが聞こえる静かな島の夜。安繹は、今度こそ大の字になって手足を伸ばそうとした…が、またもや邪魔が入った。安繹の部屋に入ってきたのは、吉鶴の弟、やがて奄美の歴史に燦然と輝くことになる丸田南里少年である。少年南里13歳。このとき、もちろん後年の輝きを予感させるものは何もない。ただの島の少年だ。

★7
奄美の歴史関係の書に必ず登場する丸田南里。南里少年は、この夜、安繹に何を話したのだろうか?


TOSHIJIジーファー

投稿:伊是名のジーファー 2011年5月31日
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こんにちは
伊是名の会スタッフ、文化広報担当(自称)。踊れない、歌えない、飲み会を断れない…が特技。伊是名のステージの見えないところに光をあてる…つもりで取り組んでいます。

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