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2011-05-24

幕末奄美の海人たちの航海


5月より取り組んでいるシリーズ「宴の舞」。話しの展開で疑問にぶつかった。幕末、奄美地方の人たちは隣りの集落、あるいは島々への移動はどの様な船で移動したのだろうか?

これは大切なポイントだ。琉球王国への冊封使節到来の図や関連書籍では記録があるが、奄美ではどうだったのか具体的な確証がない。奄美の間切り代表一行が乗る慶賀の船である。どの様な船で、どの時期に、どのような航路で、首里まで300キロ以上もある東支那海を航海したのだろうか?想像するだけでロマンが広がる。


何しろ貧しい島々である。奄美の人たちが、かって海人(うみんちゅ)だったと言えども、近海で使うサバニは話しにならない。平均20数年に一度の冊封式のためにわざわざ自前調達は無理。長期滞在の食材、王府への貢品・分担品も積み荷となろう。考えられるのは、薩摩藩の官船では都合が悪く、首里王府の手配による帆船…二本の帆が美しいマーラン船ではなかろうか?実際、冊封使節の案内船として、王府は福州(中国)まで迎えの使節を出す。奄美にも便宜を図ったと考えてもよいかもしれない。


南風(はえ)が吹き始める春、コバルトブルーの東支那海を、エメラルドグリーンに浮かぶ青き島々をつないで首里をめざす。奄美の人たちもこの時ばかりは琉球王朝の風と海人の気概を、つかのま、感じたであろう。

幕末、奄美諸島はもとより、はるか琉球までの往来を、島々の人たちはいかにして、どの様な船を操ってやり遂げたのか?抑圧の中にも海に乗り出していく逞しさを感じる。

TOSHIJIジーファー

投稿:
伊是名のジーファー 2011-05-24
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Author:TOSHIJI
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伊是名の会スタッフ、文化広報担当(自称)。踊れない、歌えない、飲み会を断れない…が特技。伊是名のステージの見えないところに光をあてる…つもりで取り組んでいます。

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