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2011-05-30

東支那海1866年…宴の舞★5

注:一部フィクションです。

★5
安繹は阿木名の村人たちのチヂン(手太鼓)で唄う「行きょうれ節」に別れを告げると、奉行所からの役人の同行で、静かな伊須湾を右手に見ながら網野子集落を目指した。網野子は住用村、名瀬村へ通じる道々の入口だ。ここを過ぎると標高は一気に上がり、険しい山道が続く。


網野子集落の手前で道なりに山道を登り始め、途切れ途切れに後方の伊須湾を見下ろす。エメラルドグリーンの海峡が朝陽にキラキラと輝いて眩しい。宇美のいる阿木名の辺りが小さく見渡せる。

険しい勾配、幾度も続く曲がり道、山道をひたすら歩く。住用との村境辺りで右手に肥後山(332m)、鳥ヶ峰(467m)、金川岳(528m)が一直線に並ぶが…目にもくれず。

役勝川に沿って歩いていくとやっと民家が見え始めた。さらに進むと西仲間集落に到着。役勝川と住用川との合流地帯には珍しいマングローブの森が広がるが、安繹はこれまたまったく…目にもくれず。

西仲間の奉行所で身を休め、旅装を解くと安繹はすぐに手紙をしたためた。今朝抱きしめたばかりの宇美が忘れられなかった。


翌日は西仲間の奉行所を出立すると、さっそく標高400mの三太郎峠越えだ。右手に住用湾を見ながら城(ぐすく)集落、山間の朝戸集落を過ぎて、やっとの想いで名瀬村の南に達する。

阿木名を出て丸2日。名瀬村に到着した安繹は、島代官所、奉行所へ到着報告と挨拶を済ませると、すぐに名瀬村の海沿いにある旅宿…丸田吉鶴の宿に向かった。

★6
重野安繹…この男は薩摩藩きっての儒学第一人者と称される。


TOSHIJIジーファー

投稿:
伊是名のジーファー 2011-05-30
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Author:TOSHIJI
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伊是名の会スタッフ、文化広報担当(自称)。踊れない、歌えない、飲み会を断れない…が特技。伊是名のステージの見えないところに光をあてる…つもりで取り組んでいます。

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