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2011-06-01

東支那海1866年…宴の舞★7

注:一部フィクションです。

★7
奄美の歴史関係の書に必ず登場する丸田南里(なんり)。南里少年は、この夜、安繹に何を話したのだろうか?


安繹が南里に初めて会ったのは6年前。隣りの龍郷村に遠島になったばかりの西郷隆盛を慕って阿木名から徒歩で80キロ、一夜を饗した。その帰路、吉鶴の親族の集まりの中で会っているはずだが、ほとんど記憶にない。南里は元気よく、口をとんがらした。

「しんしぇー!」

安繹は疲れていたが、久びさに「先生」と言われて悪い気はしない。姿勢を正し腕を組み、目を閉じた。なにしろ天下の東大(昌平学問所)卒、薩摩藩学問所の指導者、儒学の第一人者である。この若き夜の訪問者、丸田家も代々儒家の流れをくむと聞いている。奄美最後に四書五経を教えるのも良かろう、と優しい言葉で労い、耳を傾けようとした…が、急に眠気が襲ってきた。安繹、必死にこらえる。


南里はそんなことも知らずにしゃべり始めた。安繹の朦朧とした意識の中には、聞いたこともない不思議な四書五経の言葉がかろうじて入ってくる。しかし実際は南里が島ゆむた(方言)で語る少年の夢であった。

南里はいつも海を見ていた。あの海の向こうには何があるのだろう?見てみたい。島を出て、海の向こうに出てみたい。大きく広がる水平線。あの向こうに行きたい!!

意を決した南里、

「がっしなてぃ、吾(わん)も薩摩にゆかしぃんたもれ」

ですから私も薩摩に一緒に連れて行ってください!南里少年は、まだその小さな頭を深々と板敷きの床に擦り付けて懇願した。しかし夜の静寂に聞こえてくるのは…潮騒、そして安繹の静かな鼾だけだった。


その日は朝から霧のような小雨模様。安繹、帰鹿の日。沖合いの薩摩藩の蒸気船「胡蝶丸」が安繹一行を乗せてほどなく開洋。安繹は胡蝶丸の船尾に立って、離れ行く島影に別れを告げた。阿木名の妻、宇美に再会を誓った。手紙も愛加那に託した。飛び交う海鳥が「行きゅんにゃ加那節」…せつないメロディーが島の風に流れていく。

それから半年経った年の瀬、首里王府から奄美の各間切代表宛て、名瀬の薩摩藩代官所に一通の書簡が届く。書簡は冊封使節来琉の通知と間切代表出席命令を伝えた。

★8
1866年6月9日、中国福建省福州。数隻の巨大な竜旗の帆船が東支那海に向けて開洋した。


TOSHIJIジーファー

投稿:
伊是名のジーファー 2011年6月1日
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「宴の舞」8は、どうなるの?
早く次ぎの章が読みたくなります。

「宴の舞」は、島の地理、民族、歴史、島口に相当詳しくないと書けない歴史小説。
冊封使を迎えるまでの行程を 奄美にスポットを宛てて書き綴った貴重な物語

その当時の情景がイキイキと描写されていて、目に浮かびます。
次ぎの章が楽しみです



どうもどうも(^_^;)
コメントありがとうございます。

携帯からの原稿アップが楽になりました。

小林よしのりは漫画入りで主張を脚色し、宴の舞は妄想ではったり、もといリアルなタイムスリップに迫りたいと思います。

奄美序編が終わって、中国福州編、奄美後編、首里冊封の舞編、エピローグ、現代伊是名の舞編、妄想パワーの悪事が続く限り…まだまだ続きますよ~(^_^;)。

引き続き、懲りずにお立ち寄りを
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TOSHIJI

Author:TOSHIJI
こんにちは
伊是名の会スタッフ、文化広報担当(自称)。踊れない、歌えない、飲み会を断れない…が特技。伊是名のステージの見えないところに光をあてる…つもりで取り組んでいます。

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