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2011-06-10

東支那海1866年…宴の舞★11

注:一部フィクションです。

★11
紫禁城の球技場…「全国冊封使選抜選手権大会」。西太后が垂簾の中から出すサインで10歳の皇帝(同治帝)が投げたボールが当たった男は、なんと趙新。たった3秒のゲームだった。


発令の儀から数日経った2月末、福州礼部の引率官と琉球からの使者に紫禁城への登城命令が届いた。琉球国世子の請封に対する詔勅の儀だ。必ずしもうまくいくとは限らない。なにしろ西太后、同治帝のその日の気分で決まる。琉球からの使者にとっては最後の大仕事だ。冊封正使趙新が清国進士のエリートなら、琉球の請封使も負けてはいない。琉球王府の優秀官生として北京に4年の留学、宮廷の儀礼に通じたエリートである。使者は古酒(泡盛)を1本、懐にしのばせると礼部の引率官とともに紫禁城へ向かった。


詔勅の儀は紫禁城の内廷西側にある養心殿で執り行われた。この儀には冊封正使となる趙新も列席する。琉球からの請封使は他の侍立官人と同様に前庭に立たされたままだ。趙新、侍儀、承制官が並びその向こうの玉座に同治帝さらに垂簾の後ろに西太后が座る。遠すぎて琉球からの使者にはまったく見えない。承制官から詔勅の成立を意味する「有制」が響くと皆いっせいに跪き、がまんして有り難く拝聴するしかなかった。有制のあと、承制官が伝える。
「皇帝は下問あそばれる。おんみ琉球国はいずこにあるのか、と」
琉球の使者はまた同じ質問か、ともちろん愚痴は言わず告訃の儀とまったく同じ回答を堂々と奏上した。

侍儀が終了を告げて、詔勅奉持の儀が終了すると琉球の使者にもやっと安堵感が広がった。内廷の門から退出して待つことしばし…趙新を見つけるや、間髪を入れずに
「これを」
使者が無理やり手渡したのは…それは花絵をあしらった手紙に添えた紅型の包み。それが泡盛(古酒)であることを趙新はすぐに想像がついた。


趙新は一瞬困った顔をしたが、宿所となっている官舎に戻るとそのまま横になり「退散ノート」を開いた。そこには冊封使回避のアイデアがぎっしり詰まっている。同時に琉球の使者から預かった紅型の包みが気になった。一献の気分ではなかったが紅型の美しさになぜか惹かれた。開くと中からやはり泡盛にため息。趙新は泡盛には興味ない。ところが泡盛の瓶を回して目を疑った。ラベルに4人の琉球の舞姫たち。趙新は、美しい!眩しい!とはもちろん叫ばず、心が激しく舞い上がるほどのときめを感じた。(注:舞姫はもちろん男性である)

趙新は「退散ノート」を「琉球ノート」に変更。後に趙新志略となる「続琉球国志略」の種本となったかどうかは不明である。

★12
泡盛のラベルが気に入った趙新の行動は180度転換、それからの琉球国へ向けての準備は信じられないスピードで進んだ。

TOSHIJIジーファー

投稿:
伊是名のジーファー 2011年6月10日
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