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2011-06-13

東支那海1866年…宴の舞★13

注:一部フィクションです。

★13
琉球国への冊封使節の出発の日取り、航海ルートが決まった。開洋(出帆)は6月…東支那海の南風が安定し、琉球の梅雨が明ける季節であった。


出発までの間、趙新は福州宿泊所の自室に閉じこもり、冊封正使として必要な知識、情報の整理にとりかかった。まず歴代の正使が必ず目を通したであろう以下の自国の正史。

「大明一統志」巻89以下の「外夷」を含む
「明実録」
「明会典」
「明史」
「清実録」
「清会典、同事例」

これらは3年に一度行われる科挙の修学の時にも学んだが、あらためて目を通しておいた。趙新は大国清の官僚、外交大使として自国の儀礼、歴史、地勢や外交の出来事を正しく理解しておくのは当然の責務と心得ていた。冊封使推薦が決まったとき、それを回避することばかりを考えていた情けないあの男とは思えないほどの変貌ぶりである。疲れると外の溶樹(ガジュマル)の木陰で風にあたるか、暗い夜は自室で泡盛のラベルで目を休ませた。


さらに趙新は歴代の冊封使たちが記録した冊封使録を取り寄せ、それらを読みはじめた。新しい使録から順にあげよう。

李鼎元(りていげん)「使琉球記」1802
周煌(しゅうこう)「琉球国志略」1759
徐葆光(じょほうこう)「中山伝言録」1721
汪楫(おうしゅう)「使琉球雑録」1684
張学礼(ちょうがくれい)「使琉球記」1664

ここまでが清代の記録。さらに明代の記録が続く。

胡靖(こせい)「琉球図記」1653
夏子陽(かしよう)・王士「使琉球録」1606
蕭崇業(しょうすうぎょう)・謝けつ(しゃけつ)「使琉球録」1579
郭汝霖(かくじょりん)・李際春(りさいしゅん)「重編使琉球録」1561
陳侃(ちんかん)「使琉球録」1534

これらの膨大な資料から趙新は琉球の成り立ち、政治の仕組み、琉球往還などのヒントを仕入れることを考えていた。5月末、思わぬ訪問客を受ける。前使の林鴻年(りんこうねん)だ。泡盛のラベルと同様に、この高翁の訪問と再会約束は琉球国出立の励みになった。

寄り道するが、琉球宮廷舞踊の不世出の天才、劇聖と称される玉城朝薫(たまぐすくちょうくん)が登場するのは上にあげた3冊目徐葆光の「中山伝言録」の時代であり、琉球芸能が記録されているのは4冊目汪楫の「使琉球雑録」である。琉球芸能・宮廷舞踊の貴重な資料となっている。

趙新が2冊目周煌の「琉球国志略」を読み終え、3冊目徐葆光の「中山伝言録」にとりかかり始めようとした頃、ついに出発の朝を迎えた。

★14
1866年6月9日、清国福州。2隻の封舟、琉球国那覇港に向けて開洋。趙新が記した「続琉球国志略」(原田禹雄訳注)をもとに、福州から琉球国に至る航海にタイムトラベルしよう。


TOSHIJIジーファー

投稿:
伊是名のジーファー 2011年6月13日
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